★ シューベルト ピアノソナタ第21番 ★

今日はシューベルトのソナタにしよう。
第21番変ロ長調D960 は、4楽章から成るシューベルトの最後のピアノソナタだ。
この曲は1828年9月に作曲されたということなので、亡くなる2ヶ月ほど前のことだ。
シューベルトは1822年頃から急に体調を崩し始め、翌年には入院してしまい、一時小康状態を保つが、再び悪化し病院では回復の望みなしとの診断を受けてしまう。
詰まり、シューベルトがこの曲を作曲した時期には、病苦が確実に彼を襲っており、もしかすると自分自身の寿命を感じていたかも知れないのである。
実はシューベルトの最後の3つのピアノソナタは3部作などとも言われており、いずれも同時期に完成されている。

17番のソナタなどでもよく言われることだが、最後の三部作のソナタも長大で極めて歌謡的なソナタだ。

〇 いかにもシューベルト 〇
ソナタ形式で書かれた第1楽章の第1主題は、やはりシューベルトだ、ピアノで歌を詠っているような主題が奏でられる。
8小節目の低音のトリルは、これまたいかにもシューベルトだ。
この主題は変ト長調に転調したのち、主調に戻る。
この長大な楽章は20分以上になるが、その間魅力的な転調を繰り返しながら、主題は色彩を変えていくが、あくまでも呈示された旋律線は残る。
これはシューベルトの楽曲の大きな特徴と言っていいが、ソナタ形式で書いても大きな展開はしない。

自分の書いた旋律に酔うように、あくまでもラインを消すことはない。
この点でシューベルトは展開が弱いと、指摘されることもある。
しかも、以前は「長大で退屈」だとの批判から、ソナタなどはあまり演奏会でも取り上げられることは無かったそうだ。
弾くピアニストが居ても、聴衆が求めなかったのである。
確かに、規模の大きなシンフォニーなどを書くには欠点になるかも知れない「シューベルトの展開力」だが、私はこれこそがシューベルトの魅力ではないかと思う。
ベートーヴェンには無い、大らかで純真なメロディと心穏やかにしてくれる素朴なハーモニーが止め処なく流れているのだ。

〇 諦観 第2楽章 〇
第2楽章はゆったりとしたメロディが息づく3部形式の楽章だ。
私はこの優しい主部のメロディを聞くと、死を間近にしたシューベルトの諦観のようなものを感じる。
決して、声高に叫ぶことはないが、とても悲しい歌だ。
中間部はイ長調に転じて、少し明るさを取り戻す。
そして、最後は再現部のように同じメロディが現れる。

〇 軽快にスケルツォ 〇
第3楽章は、軽やかなスケルツォ楽章で、変ロ長調の複合3部形式。
トリオ部は変ロ短調でシンコペーションをうまく使って独特な響きを出している。

〇 元気な終楽章 〇
この楽章は最後を締めくくるに相応しい明るさを取り戻す。
主題はハ短調から始まって、しだいに主調である変ロ長調に転じる。
ソナタ形式なのだろうが、展開部ははっきりしない。
この楽章の元気さは、シューベルトの生への憧憬のように聞こえる。


<今日の一枚>
今日は巨匠ケンプのピアノに委ねてみたい。
第3楽章の一部では、少し手がロレってしまう部分もあるが、何と言ってもその演奏は品格と自信に満ちている。
第2楽章では、生きることへの憧憬の残渣を諦めるかのように穏やかな癒しの歌を詠ってくれる。
■シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 D.960/楽興の時 D.780 [Limited Edition]
 ヴィルヘルム・ケンプ(Pf.)

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<推薦盤1>
ずっと以前に、イヴォンヌ・ルフェビュールやアンドレ・フォルデシュの演奏を聴いていたことがあり、お勧めしたいのだが、殆ど入手困難なようだ。
最近の録音で、私が素晴らしいと思うのはやはり内田光子さんだ。
第1楽章冒頭では、遥か遠くから『哀しみに溢れた憧憬』が静かに近づいてくるような音を響かせる。
テクニックも抜群にうまい。
■シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番/楽興の時
 内田光子(Pf.)

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2013.09.23 Mon l シューベルト l コメント (0) トラックバック (0) l top

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