★ モーツァルト ピアノソナタ第8番イ短調K.310 ★
このイ短調のソナタはモーツァルトにとってどんな意味があったのだろう。
良く言われる通り、この曲はモーツァルト初めての短調のピアノソナタであり、結局この後 K457ハ短調(第14番)のソナタと合わせて生涯でも2曲のみの短調で書かれたピアノソナタとなった。
この曲が作曲された1778年頃のモーツァルトはなかなか大変な状況だった。

〇 モーツァルトの憂鬱 〇
モーツァルトの人生は正に旅の連続であり、その旅毎に音楽家として見違えるような成長を遂げていった。
私はモーツァルトの天才は、旅先での経験を真綿の様に吸収していった、その才能にこそあると思っている。

・天敵コロレド
さて、イタリア(ミラノ)、ウィーン、ミュンヘンと旅を重ねて、モーツァルトは1775年の3月にザルツブルクに帰ってきた。
しかし、そこで待っていたのはコロレド大司教の冷遇だった。
このコロレドさん、ザルツブルクからモーツァルトを追い出した人物としてある意味「悪名高い」人物だが、尊大ではあっても特に無教養で粗雑な人間であった訳ではないようだ。
しかし、音楽に対する考え方が古く、教会的な声楽中心主義であり、器楽曲は毛嫌いしていた。
従ってモーツァルトを厚遇する理由も無く、食事の序列も使用人並の末席に据えられた。
コロレドからしたらモーツァルトの身分はただの「楽士長」であり、当たり前のことだったのだろう。
しかしこれは、ウィーンでのマリア・テレジア妃やイタリア・ミラノでフィルディナント大公から賓客扱いを受けたモーツァルトにとっては許しがたい侮辱であったようだ。

・オペラハウスが無い
さらに、音楽上の問題点として考えられるのが、当時のザルツブルクにはオペラを上演出来る箱のないことだった。
その当時ハプスブルク帝国界隈では 音楽家の栄誉=オペラでの成功 と言っても過言では無かった。

そんなこんなで、最早故郷であるザルツブルクは、モーツァルトにとって「我慢の出来ない土地」になってしまっていたのだ。
何かにつけて口煩い存在でもある偉大な庇護者「父レオポルト」から独立する時期にもきていたのかもしれない。

〇 パリへの旅 〇
そこで、また新天地(新職)を求めて、モーツァルトはパリへと向かうことになる。
今回は父レオポルトではなく母マリア・アンナが同行するのだが、これがまた不幸を呼ぶことになってしまう。

〇 アロイジアへの恋 〇
旅行は、ミュンヘンからマンハイムを経てパリに入ることになる。
ミュンヘンではバイエルン選帝侯に就職のアピールをするものの、体よくあしらわれ、失意の内にマンハイムに到達する。
そこで、アロイジア・ウェーバー嬢に出会い、恋に落ちる。(モーツァルトは結構簡単に恋愛する)
このアロイジア嬢はウェーバー家4人娘の次女で、3女が後にモーツァルトの妻になるコンスタンツェ嬢である。
モーツァルトも、結構ややこしいところで恋愛をしているのである。

アロイジアとはかなりいい感じであったようだが、父の命令もあって後ろ髪を引かれながら、彼はパリへと向かう。

〇 失恋と母の死 〇
パリでは、いきなり土砂降りの雨でずぶ濡れになったり、所持金も底をつき、安宿の寒い部屋で母は息子の活躍を祈っていた。
かつて、モーツァルトを天才少年として持て囃したパリの人々は成人したモーツァルトには関心を示さなかった。
それどころか、あくどい興行主や悪い貴族に騙されて、約束の作曲料を反故にされたり、散々だった。

そこに、あれほど熱烈恋愛だった筈のアロイジアには、どうやら別の恋人が出来たようで、振られてしまう。
さらに、最大のダメージとなったのが愛する母の死だった。

不幸な旅の連続の上に、パリでは懸命に働く息子から離れて、薄ら寒い安宿で疲れ果てていたのであろう。
1778年7月3日、母は帰らぬ人となってしまった。
モーツァルトの芸術上、決定的な人生イベントは「母の死」「結婚」「父の死」だと私は感じているが、精神的に一番ダメージを受けたであろう「母の死」をパリの地で迎えることになってしまったのである・・。


ふぅ、長々と思い出すままに書いてきたが、このソナタの場合には、背景に少なくともそのような「人生」があることに思いを馳せた上で鑑賞するほうが味わい深いと思っている。

〇 直進的な悲劇性 〇
私はこの20分足らずのピアノソナタを聴く時に、言い知れぬ悲しみを感じるのだ。
第1楽章の冒頭から、ひたむきに真っ直ぐ進む悲しみのテーゼ。
勿論、この楽章は所謂弁証法的ソナタ形式だ。
絶え間ない16分音符の動きは、どうにもならない苛立ちすら感じさせ、楽章の最後でハ長調に転じるのだが、それまでもが悲劇性を弥増すばかり・・。

そして、かのアインシュタインが言った「最早このソナタには社交性が無い」と。
ニューヨークのピアポント・モーガン図書館に所蔵されているこのソナタの自筆譜には『1778年パリ』とだけ記されている。
従って、上記の不幸な出来事との関連を決定付ける根拠は何も無い。

〇 アンダンテ楽章から悲しみへ突っ走る 〇
第2楽章はモーツァルトらしい、慈しみに満ちたアンダンテ楽章。
調性はイ短調の平行長調、下属調にあたるヘ長調。
第3楽章の疾走感との対比は、やはり見事だ。

〇 ひた走る悲しみ 〇
最終楽章の留まる事の無い悲しみは、やはり母の死と無縁ではないと感じざるを得ない・・・。
華やかなパリで、他にこのような悲しみを表現する必然性があったとは、私には思えないのである。


<今日の一枚>
さて、この悲しみのソナタを誰で聴こうか。
リパッティの名演を思わせるピレシュにしたい。
真摯に、悲しみの情感豊かに、数ミリのタッチを疎かにしないピレシュの演奏は大好きだ。
このCDは、ピアノソナタ第11番(トルコ行進曲つき)でもご紹介した、ピレシュの輸入盤だ。
国内盤もあるのだが、かなり割高になるのと、アマゾンの販売では在庫切れになった途端にサードパーティ業者が法外な値段を付けて販売し始めるため、私はこちらをお奨めしたい。
■モーツァルト:ピアノ・ソナタ全集3 (全集からの分売)
 アリア・ジョアン・ピレシュ(P)

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全集全てでもリーズナブルなので、輸入盤なら尚お得感がある。
■Mozart: Complete Piano Sonatas [CD, Box set, Import]
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<推薦盤1>
このソナタには伝説的なリパッティの名演が存在する。
33歳の若さで夭折したルーマニアが生んだ孤高のピアニスト、リパッティ。
録音が古いので、音質が悪いことは否めないが、他に残されているショパンやシューマンのコンチェルトなどよりは遥かに聞きやすい。
多少音が歪んでしまう部分もあるのだが、ノイズに悩まされるということはないと思う。
ノーブルで、純粋で、凛とした悲しみの表現になっている。
これは1950年7月の録音(ライブ)で、リパッティはこの年の12月に病気で亡くなっている。
■ブザンソン音楽祭における最後のリサイタル
 ディヌ・リパッティ(P) 他

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<推薦盤2>
内田光子のモーツァルトは本当に良い。
モーツァルトのソナタ全集を録音する際にも、1曲1曲ピアノの調律を曲に合わせて調整している。
所謂平均律ではないのだ。
深い敬愛の念をもって、研究し尽くしたモーツァルトの悲しみの音楽が表情豊かに訴えかけてくるようだ。
特に第2楽章のアンダンテは例えようも無く美しい。
■モーツァルト:ピアノソナタ第8番&第11番&第14番&15番
 内田光子(P)

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2013.08.26 Mon l モーツァルト l コメント (0) トラックバック (0) l top

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