★ ベートーヴェン ピアノソナタ第28番イ長調 ★
ベートーヴェンはNo.付きピアノソナタを32曲残している。
それは、その作曲時期相応の内容と輝きを持っており、正に甲乙付け難い。
従って、再生芸術を楽しむ側から見た作品に対する姿勢は、音楽を楽しむシチュエイションと気持ち次第で選択が変わるだけである。
ただ、ベートーヴェンの場合、ピアノソナタと言えども、その構成や奥の深さはシンフォニー並みであり、演奏上求められるファクターも、優美で繊細なタッチよりもスケール感の大きい堂々とした風格、分厚いハーモニー、あるいはピアニストの崇高な人格にまで話が及ぶことになる。
しかし、この28番イ長調は後期ソナタの中で異彩を放っていると感じる。
特に第1楽章の冒頭は、繊細なピアニズム無しでは、私は聞けない。

〇 第1楽章の歌謡性 〇
私は中学生の頃にこの曲を始めて聞いたのだが、冒頭で驚愕した。
これがベートーヴェン?嘘でしょ・・。
何と優しい歌を謡っているのだろう。
だが、モーツァルトでもなく、ハイドンでもない・・、聞き進める内に、やはり紛れも無くベートーヴェンだ。

第1楽章、このいきなりの緩徐楽章の不思議な浮遊感は何だろう。
心地良いのに、どこか落ち着かない・・。
ピアニストの内田光子氏の話を読んで、初めて気付いた。
この楽章はイ長調なのだが、属和音から始まってなかなか主和音が出てこないのである。
美しく、極めて歌謡的なメロディーが続く中で、結局最後まで和声的な解決を見ずに進むのだが、音楽的に破綻することなく、それどころかそれを感じさせない凄腕・・・。
当たり前なのだが、ベートーヴェン、どんでもなく凄い人だ。

〇 ドロテア・エルトマン男爵夫人 〇
第1楽章の何かを探し求めるような浮遊感、憧憬、癒し?
この謎を解く鍵は献呈者にあった。
この作品101のソナタはドロテア・エルトマン男爵夫人に献呈されている。
ドロテアさんはベートーヴェンの弟子であり、作品の良き理解者であり、優れた演奏家(ピアニスト)であった。
彼女の才能をベートーヴェンも高く評価していた。

この曲はエルトマン男爵と結婚した彼女が、末の子供さんを亡くして悲嘆に暮れていた時に「いく度となく、あなたのためにと思って作られたこの曲をお受け下さい。」(ベートーヴェン書簡)とのメッセージと共に捧げられている。

また、ベートーヴェンの死後メンデルスゾーンがエルトマン夫人にミラノで会った際のお話も残されている。
エルトマン夫人はメンデルスゾーンにピアノでベートーヴェンの曲を披露した後で、思い出話をしたそうだ。

丁度、末の子供を亡くした時(作品101が献呈された頃)夫人はベートーヴェンの招待を受けた。
ピアノの前に座った彼は「さあ、ご一緒に音楽でお話をしましょう」と言うと、それから1時間あまり夫人のためにピアノを弾き続けたそうだ、彼女を慰める為に。
既に聴覚に異常をきたしていたベートーヴェンは他人の前でピアノを演奏することは殆ど無かったそうなのだが・・。

このような背景がこのソナタには在った。
第1楽章の主音を求める彷徨いは、ドロテアの亡くしたお子さんを想う気持ちであり、どんなに求めても決して手の届かない大切なものを慈しむ心であり、全てを包含して慰めるベートーヴェンの癒しなのではないだろうか・・。

〇 勇気へのエール 〇
第2楽章は元気な行進曲風の3部形式。
スケルツォ的な楽章になっている。
中間部は一転してカノン風。
対比がうまい!
この溌剌とした音楽は、生きて行く勇気へのエールか。


〇 対位法を駆使した第3楽章 〇
序奏つきのソナタ形式。
この序奏、私にはベートーヴェンがドロテアに優しく語りかけているように聞こえる。
主題提示の直前に第1楽章が回想される。
そして、決然と主部が開始され、展開部では4声のフーガで堂々と音楽は高揚していく。
コーダでもバッハを思わせる対位法が立派だ。
これは悲しみを乗り越えて生きる者への賛歌だろうか。


<今日の一枚>
ベートーヴェンのピアノソナタと言えば・・、バックハウスと相場は決まっていそうなものだが。
このソナタはエミール・ギレリスの演奏を私は好む。
それは偏に冒頭の数小節の音色が私の琴線に心地よく触れてくる、という理由からだ。
第1楽章は少しゆったりとしたテンポで、瞑想的でもある。
強靭なタッチから繰り出される美しい音色、骨太なのだが無駄な立ち回りは一切演じない。
しかも優美で繊細な表情は逸品だ。
これはハンマークラヴィーアとのカップリングだ。
■ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第28番&29番《ハンマークラヴィーア》
 エミール・ギレリス(P)

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<推薦盤1>
さすがに内田光子さんはこの曲の真髄を聞かせてくれる。
第1楽章の丁寧でしっとりとした語り口が素敵だ。
第2楽章では、とても歯切れの良い演奏を繰り広げ、第3楽章序奏では深く沈潜し、最後は晴れやかに結ぶ。
これもハンマークラヴィーアとのカップリングだ。
■ベートーヴェン:ピアノソナタ第28番&第29番
 内田光子(P)

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<推薦盤2>
やはりバックハウスに触れない訳にはいかないだろう。
ここではスケールの大きな構成と絶えることの無い歌を巨匠が聞かせてくれる。
(偉大な芸術を、出来れば全集で手元に置ければ最高である。私も宝物として大切にしている。)
■ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第28番、第29番「ハンマークラヴィーア」 [Limited Edition]
 ヴィルヘルム・バックハウス(P)

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2013.08.19 Mon l ベートーヴェン l コメント (0) トラックバック (0) l top

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