★ ブラームス 交響曲第1番 ★
このブラームスの1番のシンフォニー(ハ短調作品68)は、本当に聞き応えのある曲だ。
ブラームスはこの曲を完成させるのに約20年の歳月を費やしている。
(19年という説と21年という説を聞いたことがあるが、ここは約20年でいいだろう)
これには、例によって大変有名なお話があって、

「ブラームスは、シンフォニーを作曲するならば、敬愛するベートーヴェンのシンフォニーを超えるものを作らなければならない、と心に決めていた」

というものだ。
多分そうなのだろう。
ワーグナーが「ベートーヴェンの後にシンフォニーなど書けるものか」と言い放ち、楽劇の創作に邁進したというエピソードも思い出す。

今でこそ、毎日のように世界のどこかでベートーヴェンの作品は演奏され、日本では何故か年末になると第九を聞くと言う習慣まで出来てしまった。
しかし、当時のヨーロッパではベートーヴェンの第九シンフォニーを『新譜』として迎えた訳で、聴衆はもとより作曲を生業とする人達にとっては、驚愕であり、とんでもなく高いハードルになったことは想像に難くない。
無論、物まねなど何の意味も無かっただろう。

だが、私はとてもロマンティックなので(?)、この無骨者(ブラームス)の恋心で紐解いてみたい。
そうだ、クララ・シューマンの存在だ。

〇 交響曲はステイタス 〇
その頃のヨーロッパでは、ハイドンやモーツァルトの逸品を引き継いだベートーヴェンの影響もあったのだろう、西洋音楽の作曲家にとって「優れた交響曲」を書くことは大きなステイタスであったようだ。
従って、シューマンもクララの勧めによって最初のシンフォニー「春」を1841年に作曲し、メンデルスゾーンが初演の指揮を執っている。(その時、ブラームスはまだ8歳の坊やだが)

〇 クララに認めて貰いたかった 〇
プロのピアニストであるクララもそのような認識があった訳で、ブラームスはシンフォニーを書くならばベートーヴェンの正統な後継者である自分を認めて貰いたかった。
ブラームス流の完璧な絶対音楽を標榜し、しかもそれを愛するクララに認めて貰いたかった・・・。
呻吟の20年間は、そのようにクララへの愛を胸に過ぎていった・・と私は考えてみた。

〇 アルペン・ホルンと歓喜の歌 〇
この困難な仕事を自分なりに遣り遂げたと思ったブラームスの表明が、第4楽章に現れる。
第1楽章を髣髴とさせる序奏につづく、第2部の序奏では調性も長調に転じ、アルペン・ホルンが朗々と歌い始める。
このアルペン・ホルンのメロディは過日、クララの誕生日を祝う手紙にこのメロディの楽譜と共に
"Hoch auf'm Berg, tief im Tal, grüß ich dich viel tausendmal"
 「高い山から、深い谷から、君に何千回も挨拶しよう」
なる詩的な台詞が添えられていた。
恐らく、何千人という聴衆の中でクララただ一人が、このアルペン・ホルンに秘められた愛のポエムを理解したことだろう。
(しかし、ブラームスとクララは生涯結ばれることは無かった。)

そして、ここの第1主題は第九の歓喜の歌に酷似したメロディであることは有名だ。
メロディそのものだけでなく、旋律の立ち現れ方まで第九を思わせる。
混沌・懊悩から開放・歓喜へ。

ブラームスは、これ以外にも第1楽章の提示部の終わりに「運命の動機」に似たモティーフを使用したり、敬愛するベートーヴェンへの尊敬の念と共に、それを自分がしっかり継承していくことを表明しているように感じる。

〇 序奏は特別 〇
この序奏は、後から書き加えられたと言う事だが、いきなり強奏で始まる。
ティンパニの、ドンドンドンという爆発的なリズムに乗って、弦が特徴的な半音階上昇のフレーズを奏でると、相反するように木管は半音階下降を奏する、まるで奈落の底に落ちていくように・・。
そして、この序奏にはこの半音階音型や2小節目の付点8分音符+16分音符の音型など、主題労作するネタがしっかり出現している。
ああ、ブラームスだ。

〇 音型の達人 〇
ブラームスという作曲家は、音型の達人と呼んで良いだろう。
それは、ブラームスが真に優れたメロディーメーカーでは無かったことの裏返しでもある。
ブラームスが、無限の泉の如く美しいメロディを生み出すドボルザークを羨んだというお話はこのブログでも紹介した覚えがあるが、ブラームスは一つの主題を大切に装飾しあの手この手で発展させる主題労作が得意であった。

この20年推敲を重ねたシンフォニーには、ブラームスの巧みな音型の扱いが随所に見られる。
上述の半音階上昇・下降やそのアレンジ、第3楽章の冒頭クラリネットが奏する鏡像音型(冒頭の主題の繰り返し部分は鏡像になっている)など、労作の中で論理的に音型を作り出し、しかもそれを感じさせないところがすごいのだ。


<今日の一枚>
この名曲にも所謂名演奏と言われるものが多い。
私がCDを選ぶ際に、とりわけ大切にしているのは、やはり冒頭の序奏部分だ。
ここのテンポ(遅すぎないこと)とアンサンブルの混沌度(決め付けないが、しっかり締めること)だ。
やはりこの演奏は素晴らしい!
最盛期のベームとベルリン・フィルだ。
■ブラームス:交響曲第1番
 カール・ベーム指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1959年10月録音

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<推薦盤1>
ブラームスの1番は、ベームの盤を推奨するが、ヴァントの推進力も良い!
冒頭は少し速めのテンポでぐいぐい聞き手を引っ張って行く。
そして、管弦楽の各パートは大変緻密に計算し尽くされた音を重ねていく。
こういったアプローチがブラームスには必要なのだ。
これはヴァント2度目のブラームス全集からだ。
■ブラームス:交響曲第1&3番
 ギュンター・ヴァント 北ドイツ放送交響楽団



<推薦盤2>
堂々としたミンシュの演奏も特筆ものだ。
出だしのスピードはかなりゆったりしているが、気迫の籠もった迫力が清新だ。
そして、最終楽章の混沌から歓喜への心の開放の表現が堪らない魅力だ。
■ブラームス:交響曲第1番
 シャルル・ミンシュ指揮 パリ管弦楽団

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2013.08.02 Fri l ブラームス l コメント (0) トラックバック (0) l top

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