★ バッハ ゴルトベルク変奏曲 BWV988 ★
今日はバッハだ。
このゴルトベルク変奏曲は、バッハのクラヴィーア練習曲集の第4巻にあたるもので、名前の通り32小節からなるアリアに挟まれた30曲の変奏曲のことで、全部で32曲からなっている。

〇 本当に第4巻か?? 〇
第4巻に当たると言っておきながら何だが、バッハはこの変奏曲集に第4巻とは名づけていない。

クラヴィーア練習曲集とは
第1巻・・第1番~第6番の「パルティータ」。1段鍵盤式チェンバロの為6つの組曲
第2巻・・「イタリア協奏曲」、「フランス風序曲」 2段鍵盤式チェンバロの為の曲
第3巻・・オルガン用練習曲 近年ではピアノやチェンバロで演奏されることが多い「4つのデュエット」を含む


とここまではちゃんとバッハ自身が書き記した標題に番号が入っているのだが、この曲集にはそれが無い。

バッハが記した標題は
『Clavier Ubung bestehend in einer ARIA mit verschiedenen Veraenderungen vors Clavicimbal mit 2 Manualen』
2段鍵盤式クラヴィチェンバロの為のアリアと様々な変奏曲 とでも言えばいいか。

一説には、出版社が変ったことによる出版社側の意向ではないか、とも言われているが、この頑固一徹のバッハが3巻までナンバリングしてきたものを、そんな事でハイハイと承諾するようには私には思えない。
書き忘れたのでは?などというのは論外だ。
この点はまだ謎のままだが(と言うか、あまり問題視しているのを聞いたこともないが)、3巻までとは何か異なる事情があってバッハの中では別物だったのではないかと私は考えている。

〇 ゴルトベルクって何? 〇
それじゃ、何が特別な事情かと言えば、このネーミングにまつわる逸話がある。
曰く
「ザクセン選帝侯に仕えたカイザーリンク伯爵は、当時ヨハン・ゴットリープ・ゴルトベルク少年を伴ってライプツィッヒのバッハの元へ赴き音楽の手ほどきを受けさせていた。病気がちだった伯爵は不眠症で悩んでおり、眠れぬ夜の慰めにゴルトベルク少年に弾かせる穏やかで明るいクラヴィーア曲を作曲してくれと依頼した。」
というのである。
その依頼を受けて、バッハがこの変奏曲集を作曲したから、『ゴルトベルク変奏曲』だと。
なるほど、ありそうな話だ。

この逸話に登場するカイザーリンク伯爵もゴルトベルク少年も実在の人物のようであるが、しかし当時ゴルトベルク少年はまだ14歳。
しかも彼が残したものや彼に纏わるお話の中に、チェンバロの達人だったような証跡は何もない。
ゴルトベルク変奏曲を聞いて頂けば分かるが、これはかなりの演奏テクニックを要する難曲の部類だ。
とてもゴルトベルク少年が弾きこなしたとは思えないのである。

この逸話のような事実があれば、このクラヴィーア練習曲集が一連の第4巻ではなくて特別な(カイザーリンク伯爵の為の)変奏曲集だったのだ!! と言えるのだが・・残念ながらちょっと無理がある。
ま、しかし、そのようなネーミングが為される様な「特別な何か」はあったのだろう。

〇 全てがシンメトリックに構成されている 〇
いかにも「頑固な堅物」バッハらしい構成になっている。
この形容詞は勿論悪口ではない。
自分の考える「音楽」には全く妥協しない職人だったという尊称の積もりだ。

まず、全体構成だが、アリアから始まりアリアに終わることはもう言ったが、間の30曲ある変奏が前半と後半に分かれている。
第16変奏がフランス風序曲で書かれており、後半の始まりを告げる。
このように前半、後半16曲づつの2部構成。
最初と最後に置かれているアリアも全部で32小節の所謂サラバンドだが、前半後半できっちり16小節に分かれている。
そして、全部で32音ある低音主題がこの32小節に割り当てられている。
まことに律儀ではないか。
さらに、各曲も2部構成で前半・後半に分かれて繰り返される。

また、第3変奏から順に3の倍数に当たる変奏曲はカノンで書かれており、第3変奏が同度のカノンでそれから第27変奏の9度のカノンまで綺麗に並べられている。
そして、最後の第30変奏はカノンではなくクオドリベットが置かれている。
このクオドリベットというのは馴染みのないものだが、周知された複数の旋律を組み合わせた曲を指し、バッハは当時の良く歌われたらしい2つの民謡を対位法を使って組み合わせている。

ここまで徹底的に構築美に拘るバッハ。
ああ、いかにもバッハらしいではないですか?

〇 アリアが全てを決める 〇
上で書いたように、曲集の構造上も重要な意味を持つアリアだが、全体の曲想をもこのアリアが導き出しているように思える。
従って、良く知られた冒頭のアリアは演奏する上においてもとても大切だ。
CDを選ぶ際にも、アリアを聞けば大体その演奏者の方向性は分かると言ってもいいぐらいだ。
「全てを」などと言っては、もう暴言の類だが、そのくらい私はアリアを気合を入れて聞くし、楽しみにもしているという意味だ。

〇 ランドフスカとグレン・グールド 〇
さて、この曲が今日コンサートにかかるようになった背景には二人の重要なピアニスト(チェンバロ奏者)がいる。
なんとこの素晴らしい曲が19世紀には半分忘れられていたというのだから恐ろしい。
バッハの場合その手のお話は他にもある。
マタイ受難曲、平均律クラヴィーア、無伴奏チェロ組曲・・・。

ワンダ・ランドフスカはポーランド生まれのチェンバロ奏者(ピアニスト)だ。
彼女はチェンバロという楽器そのものを復活させた功労者と言って良い。
彼女がモダンチェンバロを使って録音した「ゴルトベルク変奏曲」「平均律クラヴィーア曲集」は私たちにチェンバロと言う楽器の持つ音の魅力と表現の可能性を教えてくれた。

そして、言わずと知れたカナダが生んだ天才ピアニスト グレン・グールドの登場だ。
独特の演奏スタイルと斬新な解釈、個性を貫く強靭な意志の持ち主だった。
1955年に録音されたデビューアルバムがこの「ゴルトベルク変奏曲」で、これがクラシックとしては異例のチャート1位に輝くなど全米を震撼させた。

従って、この曲を語るにはこの二人を無視することなど出来ない。


【バッハ フランス風序曲】
フランス風序曲
【バッハ ブランデンブルク協奏曲】
ブランデンブルク協奏曲
【バッハ チェンバロコンチェルト】
チェンバロコンチェルト



<今日の一枚>
だが、今日聞いたのはランドフスカでもグールドでもない。
レオンハルトでもリヒターでもなくて、アンドレイ・ガヴリーロフだ。
このロシアのピアニストは、ザルツブルク音楽祭でリヒテルの代役を務めた強者だ。
当時19歳。
■バッハ ゴルトベルク変奏曲
 アンドレイ・ガヴリーロフ(P)
ガヴリーロフのヴィルトゥオーソぶりが遺憾無く発揮されている。
2段鍵盤用の曲はピアノで演奏する際に左右の手が交錯したり、場合によっては同音を弾くことになったりと、処理が難しい筈なのだが、あっさりと弾きこなしている。
ある意味外連の塊のようなグールドを聞いていると、尚更このガヴリーロフは外連味の無い爽快さとスピード感溢れるバッハに感じる。
最近とてもお気に入りの盤だ。

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<推薦盤1>
グレン・グールドには記事本文にも書いた、1955年のセンセーショナルな盤があるのだが、ここでは悟りの境地に達したかに見える1981年録音のグールドをお奨めしたい。
■バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1981年録音)

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<推薦盤2>
お約束の盤をもう一枚ご紹介しよう。
こちらは記事本文でも紹介したランドフスカだ。
1936年の録音なので、音質についてはあまりお奨めできないが、ゴルトベルク変奏曲というこの曲を愛する人には絶対押さえて貰いたい、バッハの音楽への色付けの規範みたいなものがここにはある。

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2013.05.26 Sun l バッハ l コメント (0) トラックバック (0) l top

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